陶胎漆器の試作(第1報) |
昭和52年度 |
平井将洋、小沢恒康、近藤祥人 |
| 陶漆( 陶胎漆器 )が我が国に伝わったのは大化の改新後で、奈良時代に唐文化と一緒に入ってきたのである。 陶漆のほかに籃胎、漆皮、金胎、乾漆等の技法も同時に導入されているが、平安時代に入りこれらが選択され、我が国独自の蒔絵技法が試みられて、それが貴族の間でうけたようである。そしてこの頃から陶漆の技法は次第に衰退していった。 このようにもはや現在では姿を消してしまった技法を復活させるべく、今回実験を試みたわけである。 また、陶漆がなぜ受け入れられなくなったのか?その原因等について文献には詳しい説明がなされていない。しかしこれは恐らく実用化の面に問題があり、その為に普及しなかったのであろうと推察されるので、今回は特に実用性を中心にして調べることとした。 |
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